2017年7月23日日曜日

2017.07.23 pha 『持たない幸福論』

書名 持たない幸福論
著者 pha
発行所 幻冬舎
発行年月日 2015.05.25
価格(税別) 1,200円

● 副題は「働きたくない,家族を作らない,お金に縛られない」。
 この本の特徴は,見切りの小気味良さに尽きる。仕事とは,人生とは,人間とは,社会とは,こんなものだという見切り。

● 理屈をいくらつないでも見切りに至る道は整わないわけだから,断層をエイヤッと飛び越える跳躍がある。決断と言い換えても同じこと。要は,その小気味良さ。
 すべてを見切った哲人の趣がある。

● phaさんと堀江貴文さんって,真逆の生き方を行っているようだけれど,背骨のあり方はとても似ているような気がする。
 この二人,会えばウマが合うんじゃないだろうか。

● 以下にいくつか転載。
 周りにいる人たちとの生活だけでそれほど違和感を覚えないのならわざわざ本を読む必要はないけれど,自分の考えていることを分かってくれる人が周りにいないようなとき,遠くにいる顔も知らない誰かが書いた文字列が自分を支えてくれることがある。(p18)
 眠りたいときに十分に眠れない生活は,なんか生き物としてちょっと間違っている気がする。(p24)
 みんな何もせずぼーっとしているのが苦手だから,何か意味のありそうなことを見つけてやって時間を潰しているだけ,ということが世の中には多い気がするのだ。(p27)
 人は体力が余っているとなんか体がウズウズしてそれを発散したくなって,何かをやらなきゃいけないような気になってしまう。結局なんでもいいから動き回って体力を消耗させて,ちょっと何かをやった気分になれればそれで満足するものだ。年をとるとだんだん体力がなくなってくるから,そんなに行動しなくてもすぐに疲れて「もういいや」って気分になる。僕は人より体力がないので,そういうのに気づくのが人より早かったというだけなんだと思う。(p29)
 人間が人生で成し遂げられることなんて,頑張っても頑張らなくてもあまり大差はない。(p32)
 「本当にやらなければいけないこと」というのは存在しなくて,ただの幻想にすぎない。人間は何かをやっていないと気が狂う生き物だから,そういうのがあると思いたいだけだ。(p35)
 物はできるだけ持たないようにしている。持っている物が多ければ多いほど,いろいろと身動きがしづらくなったり思考が狭められたりして,人生の面白さが減るような気がするからだ。(p36)
 「人間に自由意思はあるのか?」「全ての問題は決定されているのか?」というトピックが昔から激しく議論されてきたという事実から分かることが一つだけある。それは,「人間は自分に自由意思がないということに耐えられない」ということだ。(p46)
 「宇宙から見ればどうでもいい」という言葉を僕はよく思い出すようにしている。(p68)
 全てに意味がないということは,全てに意味があるのと同じことだ。意味のない全ての中から自分の好きなものに意味を持たせればいい。世界の全てはそういう主観でしかない。(p69)
 結婚とか家族とかいう仕組みは,若干今の時代に合っていないというか,少し効力が切れてきているんじゃないかということも思う。(中略)「結婚」や「家族」というパッケージはすごく多機能で包括的だ。(中略)そんなに多くの機能を「結婚」と「家族」という一つの仕組みだけで全部満たしていこうとするのは無理があるのだと思う。(p74)
 「介護保険なんかを導入すると日本の家族はお互い支え合う心を持たなくなって崩壊する」という批判も当時はあったらしい。だけど二〇〇〇年に介護保険制度が施行されたことによって家族が崩壊したかというとそんなことはなくて,むしろ「それが家族の崩壊を救った」と上野(千鶴子)さんは言っている。(p102)
 会社の仕事よりも日常生活のほうが面白い(中略)日常生活の中でやりたいことや面白いことはたくさんあるし,どっちかというとお金よりも時間のほうがやりたいことを全部やるにはたりない,だから仕事とかしている暇はない,というのが僕の実感だ。(p110)
 お金をかけずに生活を楽しむコツというのは一度身に付ければ一生残る資産だ。(中略)個人的には読書と料理が特にお勧めです。(p119)
 他人と自分を比べるということはあまり意味がないと思うのだ。僕は,自分と自分以外の人間とは,イヌとかネコとかヤギみたいに違う生き物だと思っている。(p120)
 お金をかけないことのメリットは,お金に追われないということだ。お金をたくさんかけるとどうしても資本主義のスピードに巻き込まれてしまって,お金や時間に追われてしまうようになる。(p132)
 ドワンゴという会社を創業した川上量生さんが「経営者は善人だと務まらないから,起業すると性格が悪くなる。だから起業は勧めない」とよく言っている。(p136)
 合わない人同士が近くにいてもお互いにイライラするだけで不毛だから,無理に近くにいる必要はない。最近はインターネットの世界でも,「いかに人と繋がるか」よりも「いかに苦手な人と繋がらないか」という機能が重視されつつある。(p156)
 人を集めるのに特別なスキルは必要ないし,お金をかけなくてもできる。人はみんな集まりたがっているものだから,何か集まるための口実を適当に設けてやればそれでいい。(p163)
● 読書と料理をわがものにしていれば,お金をかけないで楽しく時間を過ごせると言ってるわけだが,本書に紹介されているのは,以下のとおり。たしかに,本格的な読書家という趣あり。

 本田由紀『社会を結びなおす』(岩波ブックレット)
 カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』(ハヤカワepi文庫)
 見田宗介『宮沢賢治』(岩波現代文庫)
 岩明均『寄生獣』(講談社)
 グレッグ・イーガン『しあわせの理由』(ハヤカワ文庫)

 信田さよ子『母が重くてたまらない』(春秋社)
 上野千鶴子・信田さよ子『結婚帝国』(河出文庫)
 上野千鶴子・古市憲寿『上野先生,勝手に死なれちゃ困ります』(光文社新書)
 近藤麻理恵『人生がときめく片づけの魔法』(サンマーク出版)
 養老孟司『養老孟司の旅する脳』(小学館)

 宮本常一『生きていく民俗』(河出文庫)
 ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』(草思社文庫)
 湯浅誠『反貧困』(岩波新書)

2017年7月21日金曜日

2017.07.21 松浦弥太郎 『僕の好きな男のタイプ』

書名 僕の好きな男のタイプ
著者 松浦弥太郎
発行所 講談社
発行年月日 2014.11.27
価格(税別) 1,300円

● 引き続き,松浦さんのエッセイを読んでいく。何とかマネをしたいというのではなく,一服の清涼剤を服用するという感じ。

● 読書はそれでいいと思っている。1冊の本との出会いが自分を変えた的なことは,少年期を含めてもそうそうはないだろう。滅多にないことだから,あるとそれ自体が本になったりするのだ。
 ましてや,大人が本で変われるなんて,ぼくには信じることができない。

● 以下にいくつか転載。
 人間というのは言葉でいくらでも酔える動物です。それなりのスキンシップや,それなりの言葉や,態度による愛情表現はなくてはならないと思います。(p17)
 一人で生きていけない人が,人と一緒に何かできるはずがありません。一人でいられない人が,二人でいられるはずもないのです。(p22)
 ルールなんていらない。ルールだからやるのではなく,自ら気づいてやりたい。(p33)
 偶然は,目的をもたない人に訪れない。(p52)
 旅というと,「自由で何でもあり!」という雰囲気を感じてしまう人もいるかもしれませんが,その刹那が楽しいだけで,何も残らなかったりします。(中略)観光というのは飽きるもの。遊園地のアトラクションを順番にこなすように,つくられたお楽しみをクリアしていくだけ。(p53)
 避けるべきは働くのが嫌いな男。働くのが嫌いな人は,他人に興味がありません。なぜなら働くというのは,社会のため,人のためになること。仕事とは,その先にいる人を喜ばせるために,自分を役立てることです。(p62)
 友人の女性に「どういう男性がタイプですか?」と(中略)聞くと,「才能のある男性が好き」と即答しました。「何かひとつでいいから,私が絶対かなわないと思う才能のある人がいいな。私はそういう人を尊敬する」と話を続けました。(p68)
 「この人にはかなわない」と痛烈に感じる瞬間。それは「相手は本気だ」と感じたときです。どんなことがあろうと,どんな場面であろうと,本気の人が勝ちます。(p74)
 世の中は,二つのタイプに分かれます。量を欲しがる人と,質を求める人。人間関係ですらこれは同じです。(中略)人間関係において質を求めるなら,大切なのは個であることです。孤独というのは,人が生きていく絶対条件だと僕は考えています。(p76)
 人にいばるすてきな大人を,僕は見たことがありません。(p82)
 何でも知っているけれど,知らないふりをする。これぞ,ダンディズムに通じる男のあり方だと思います。(中略)自分が知っているつもりでも,実はたいして知らない。知っていても,さらに深いところがある。(p84)
 個人的で小さなことにとらわれていると,大きなことはできない。自分のプライドなんて後まわし,最優先することじゃない。(p89)
 家族からも仕事からも切り離された一人の人間として,やりたいことがある。これはなんとも素晴らしいことだし,野心がある人は個を保っているので,生活感がにじみ出てこないのではないでしょうか。(p99)
 真面目なだけの男はつまらないものですが,真面目に欲が加わった男は人をひきつける魅力をもちます。なぜなら,欲というのは,命に直接つながった部分。おいしいもの,美しいもの,どきどきするものに欲を抱くのが人間です。(p102)
 世の中のすべては,人を助け,人の役に立つことで成り立っています。(p108)
 客である自分のほうから挨拶するのです。スーパーマーケットでもコンビニエンスストアでも,お店の人が言う前に「ありがとうございます」と頭を下げる。そうすると相手は和らぎ,自分は豊かになっていきます。(p118)
 僕は一生懸命聞き,心から感動してしまいました。もともと僕は質問魔なのでどんどん質問し,面白ければ「面白い,面白い!」と手を叩いて笑うほど。やがてその紳士は,こうおっしゃいました。「君は聞き上手だから,嬉しくてどんどん話してしまうよ。みんな,仕事の指示は真剣に聞くけれど,普通の話をこんなに聞いてくれる人はいないからね」(p121)
 人は,押されれば押されるほど押し返したくなります。「わかってほしい!」と勢いで詰め寄られると,逆に受け入れられなくなる心理があります。(p126)
 女性にもてる男を観察すると,たいてい無口な人です。(p131)
 背もたれがないスツールに座っていても背筋はぴしっと伸びており,カウンターに寄りかかってもいない。リラックスしているのに,行儀のいい子どものように,小さくちょこんと座っています。(p140)
 自意識過剰でもなく,ナルシストでもなく,ごく普通のたしなみとして,男はもっと鏡を見るべきだと思っています。(中略)できれば見たくないものも,鏡は遠慮なく本当を映し出します。(p142)
 仕事で失敗が多くても,絶対に休まない人は,それだけで信用されます。(p144)
 上等な店での支払いの際,僕はカードを使いません。極上の食材は現金で仕入れるので,カードという“ツケ払い”は客ぶりとして不親切なのです。(p147)
 普段の生活の中でも,耐えなければいけないことはたくさんありますが,我慢すればするほど,すてきな男に近づけるのではないでしょうか。(p150)
 教養とは,日々を生き延びるための解決能力である。(p155)
 一人でできる自分磨きなど,たかが知れていると僕は思います。(p156)
 「外見はおしゃれをしているけれど中身は別にどうでもいい」というのは空疎な人ですし,「いろいろなことを学んで内面を磨いているから服装はどうでもいい」というのは無作法な人です。(p181)
 人を愛するとは,どういうことでしょうか? 人を愛するとは,その人を生かすということです。(p195)

2017年7月17日月曜日

2017.07.17 松浦弥太郎 『いつもの毎日。』

書名 いつもの毎日。 衣食住と仕事
著者 松浦弥太郎
発行所 KKベストセラーズ
発行年月日 2010.07.29
価格(税別) 1,300円

● 途中まで読んだところで気がついた。この本,前に読んだことがある。集英社文庫で読んだのだった。途中で気がつくくらいだから,現時点では読んでいないも同然だ。
 ので,そのまま最後まで読んだ。

● せっかくだから,以下にいくつか転載。
 履き慣れて心地よい靴を,ちょっとのことで手放さなければならないというのは,なんとも残念だと僕は思います。その点ハンドメイドの靴は,何があっても修理ができます。(p31)
 それにしてもつくづく思うのは,よいものがいかに地味かということ。(p38)
 寝心地というのは人それぞれ。Tシャツや下着のままで寝ても平気だという人もいるでしょう。(中略)上質のパジャマを着て,寝心地のよさを味わうことは,そう悪くない,小さな贅沢だと感じます。(p41)
 オーソドックスで上質なものについて知りたいなら,皇室の人たちに注目すると新しい発見があります。(中略)バッグと靴に関して言えば,本当にスタンダードで,よいものを身につけています(p45)
 あくまでニットは「素材を着るもの」であり,飾りもデザインもいりません。(p47)
 四角くて白いただのハンカチが五〇〇〇円だったら,「なんでこんなハンカチが,こんなに高いんだろう?」と思うのが普通です。(中略)これは自分の傾向だなと思うのは,「なんでこんなに高いんだろう?」と思ったとき,「同じようなハンカチで,もっと安いものがいくらでもある」と,そっぽを向かないこと。(p58)
 ファストファッションがもてはやされ,次々と生み出される安い品を賢く使うという潮流ですが,僕はもったいないと思います。安いものから安いものへと飛びついていると,いいものを知らずに時だけが過ぎてしまうでしょう。(p61)
 世界には,たくさんのものがあふれています。うっかりすると,調和を乱すようなものも侵入してきます。吟味し,暮らしの中に余分なものが増えないよう,よくよく気をつけていないとあぶないのです。(p79)
 自分の子どもの頃を思い出すと,「当時は気がつかなかったけれど,ずいぶん安物で生活してきたな」と感じます。普段使うものは量販店の安物でも,よそいきのものにお金をかける,それが少し前までの日本人の価値観でした。昔,植え付けられた価値観のままでいる人が,今でも多いのではないでしょうか。(p84)
 家具,食器や生活雑貨,タオルとリネン。この三つについて,「この店」というのを決めておくといい気がします。(p101)
 人に謝るときも先手を打ちましょう。トラブルが起きて,相手が「抗議しようか,このまま我慢してなかったことにしようか」と考えているあいだに,先手を打って相手のところに駆けつけてしまいます。(p120)
 大切なのは,手帳やスケジュール帳を見なくても,自分の予定がわかるようにしておくこと。(p129)
 仕事に追われないためには,来るそばからどんどん,手放していくこと。つまり,すぐできる仕事から,締め切りが二週間先だろうと一ヵ月先だろうと,その場でやってしまうくらいフットワークを軽くするのです。「頼まれた瞬間に片付けてしまう」というのは,慣れてしまえば本当に楽です。いつまでにやるかを,スケジュール帳に書く必要すらありません。(p130)
 僕はなるべく人に会い,顔を合わせて話をするようにしています。だけれど「この件」そのものについては,電話でも用が足りると思っています。人と会うのは,余分な話をするためです。(p140)
 ものすごくおいしいものを,ほんの少し。おみやげを買うとき,僕はいつも心の中でつぶやきます。(p142)

2017年7月16日日曜日

2017.07.16 松浦弥太郎・伊藤まさこ 『男と女の上質図鑑』

書名 男と女の上質図鑑
著者 松浦弥太郎・伊藤まさこ
発行所 PHP
発行年月日 2014.09.05
価格(税別) 1,700円

● 松浦さんにはまだ「暮しの手帖」編集長というイメージが付いている(ように思う)。“今日もていねいに”という。
 たとえば上野駅構内のANGERSは,「上質な暮らし,美しいデザイン」をテーマに,ステーショナリーや書籍などを並べている「雑貨屋」であるらしい(文具店だと思っていた)。その書籍の中に松浦さんの本や暮しの手帖社の本が,かなりの比率を占める形で並んでいる。

● 上質という言葉が似合う人だ。それを自ら発信してもいる。その松浦さんに対して,上質の女性代表が伊藤さん。これにも異を唱える人はあまりいないだろう。

● その二人が交互に具体的なブツを披露し合うのが本書の内容。以下にいくつか転載。
 エルメスのハンカチは,アイロンをかけると気持ちよくシワが伸び,惚れ惚れするくらいに仕上がる。同時に心までぴしっと整えられる。この感覚が自分の日々をどんなに支えてくれているのだろうかと思う。(松浦 p20)
 男を見分けたければ,指先と手がいつもきれいに手入れされているか,そして,どんな肌着を身につけているかを知れば一目瞭然だろう。いい男は,いちばん目に付くところと,いちばん見えないところの気遣いがきちんとしている。(松浦 p44)
 その彼女の食事の風景に目が釘付けになった。スープとパン,グラスには多分,水。食後はひとかけらのチーズ・・・・・・そんな約しい光景だったのだが,きちんとテーブルクロスを敷き,美しく盛りつけ、まるで一流レストランにいるかのような身のこなしで食事をしていたのだ。「ひとりのときこそ,きちんとする」その姿は,気高くて美しかった。(伊藤 p47)
 傘をさすのは嫌いだが,日傘をさすのは好きである。(伊藤 p55)
 ものというのは人でもある。たとえば,そこにあれば,こちらを向いて,いつもにこにこと微笑んでくれる友だちのような存在とでもいおうか。(松浦 p100)
 気に入るものが見つかるまでは,とりあえずこれでいいと間に合わせの買い物は決してしない。間に合わせで買ったものは,あくまでも間に合わせなので愛着も湧かないし,いつか気に入ったものが見つかったときはいらなくなるからお金の無駄遣いになる。(松浦 p120)
 一枚の写真をあたかも小さな掌編を読むように見つめてみる。そうすると,いろいろなものやいろいろなことが見えてくる。そしてまた,自分の心の底にあるような記憶までもが浮かび上がってくる。(松浦 p160)
 安いものばかり食べていると安い男になるぞ,と若い頃,大人におどかされた。含蓄のある言葉である。(松浦 p168)
 「人は自分が見たいものしか見ない」という言葉を,風呂に浸かり,ぼんやりしながら独り言つ。(松浦 p208)
 今の若い人は,経済状況が悪いなかで育ってきたから,お金を使うのを怖がるみたいだけど,お金は使わないと増えないものなんですよ。(松浦 p222)
● こういうのを読むと,当然にして自分を反省することになる。食べられればいいや,着られればいいや,住めればいいや,っていう感じで長年生きてきて,この歳になってしまった。
 若い頃は(20代の頃だけど)ここまでは墜ちていなかったと思う。30歳からは楽な方がいいという方向に簡単に流れてしまった。
 お洒落はやせ我慢だということは,頭ではわかっている。が,その我慢をしてみようとは思わない。それがすっかり定着してしまった。

● 休日には,半分ホームレスのような恰好で街をふらついている。今の時期なら,サンダル,短パン,Tシャツだ。しかも,いたって安いやつだ。見る人が見ればすぐにわかるのだろう。ぼくには区別がつかないが。
 相方が差配するので,まだ救われている部分があるかもしれない。自分ひとりになったら,ほんとに生活というものにかまわなくなりそうだ。

2017年7月14日金曜日

2017.07.14 養老孟司・近藤 誠 『ねこバカ いぬバカ』

書名 ねこバカ いぬバカ
著者 養老孟司・近藤 誠
発行所 小学館
発行年月日 2015.04.21
価格(税別) 1,100円

● 養老さんは猫を,近藤さんは犬を飼っている。それを媒介にした対談なんだけども,二人とも医者だ。しかも,かなりとんがった主張をしている。養老さんは,喫煙とガンは無関係だというし,近藤さんはガンになっても治療なんか受けるなという。

● そういったことの真偽を判断できる情報は,ぼくにあるはずもない。が,そういう二人の対談なのだから,面白くないわけがない。

● 以下にいくつか転載しておく。
 僕は,わが子にも「アドバイス」ってしたことないの。あれこれ口を出すと,その子が持ち合わせていないものを,外側からつけ加えることになるから。余計なことをしなくたって,子どもも動物も,自分の能力の範囲でちゃんと生きていきますよ。(養老 p29)
 近藤 「ペットに言葉がいらない」っていうのは,本当にありがたい。 養老 こりゃラクです。現代社会で疲れることのひとつは「常に人の言葉に反応しなきゃいけない。人の言い分をいちいち聞いて,こちらもくだくだしく,言葉で説明しなきゃいけない」ことでしょ。(p59)
 生きものの体は,原因と結果の関係が,「ああすればこうなる」みたいな単純なものじゃないからね。体は理論どおりに動かないから。(養老 p62)
 結婚なんて考えてするものじゃなくて,はずみだし,だれと結婚しても変わらないんだから。(養老 p78)
 人生の目的はオーバーに言えば,世のため人のためでね,ひとりでいても,おもしろくもおかしくもない。(養老 p79)
 犬たちの体温や心拍なんかを測ったことも,一度もありません。そもそも僕は,人に対しても,犬猫に対しても,医療行為の価値をあまり認めていないから。元気かどうかは見ればわかるし,ふだんの測定値はそれぞれ違うから,急場に測っても意味がない。ふだん測定しているヒマがあるなら,抱っこして撫でてあげた方がずっといいと思っています。(近藤 p98)
 口もきけなくて,自分で口をあけてるかどうかもわからなくなってる人に食べさせるのは,本人の尊厳を傷つける。本人のことを考えたら,そんなことできないはずなんです。(近藤 p103)
 自然に任せておけば,治るものは治るし,治らないのは運命で,穏やかに死ぬるんですよね。(中略)人間は治療するから,のたうち回って死ななきゃいけない。(近藤 p107)
 最近はペットの医療もサギ的になっていて,人間の医療と同じで,「愛するこの子のために,できることはなんでもしてやりたい」という,飼い主の気持ちにつけこんでいます。抗がん剤とか免疫療法とか,なんの効果もないのに,100万円ぐらいすぐ飛んじゃう。無意味な代替療法やサプリがはびこっているのも,人間と全く同じです。(近藤 p112)
 最近は医者が内視鏡を持って,施設にわざわざ胃がんの検診に出向いたりする。寝たきり老人に内視鏡を突っこむと,おもしろいようにがんが見つかって「即治療」という話になります。そして胃を切除されたりすると,手術に耐える体力がないから,バタバタと亡くなっていく。(近藤 p116)
 ボケや寝たきりのかなりの部分は薬害と,僕はみています。病院通いが日課になっているお年寄りは,薬を山ほど飲まされて,その副作用で無気力や食欲不振になったり,ふらついて倒れて寝たきりになったりしています。特に,80才,90才を超えてからうっかり医者にかかると,たいていなにか病気を見つけられて,治療されて,早く死んじゃう。(近藤 p116)
 多くの人が,安楽死させる側のことを考えないんですよ。死刑もそうで,死刑を執行する人には非常に病む人が多いの。(養老 p120)
 僕は昔っから健診には行ってません。医者たちは,あんなもの役に立たないって,わかってるんだよね。だって,僕が現役だったころは,東大の医者たちだって受診率4割だったもの。(養老 p126)
 人間60才を過ぎたら,手術も薬も寿命を縮めるだけなんですけどね。(近藤 p126)
 もう60年近く,日本では狂犬病はまったく発生していないんですよ。イギリスやニュージーランドなどでは予防接種をやってなくて,日本でも必要ないのに,獣医と製薬会社のためにやってるような感じです。(近藤 p131)
 近藤 いくら早期発見・早期治療しても,がんで死ぬ人は減らない。5年生存率が向上したというけど,無害なものを見つけ出して治療をして「治った治った」って言ってるだけですから。 養老 まともに考えたら,すぐわかるよね。がんか,がんじゃないかってイエスかノーかの話になってるけど,生きものって「中間」があるんですよ。(p140)
 結核研究の権威が「日本の結核患者の激減はストレプトマイシンでも予防接種でもない。栄養の改善だ」と語っています。やっぱり「大気,安静,栄養」がいちばん大事です。(養老 p143)
 昔の親は「ひとの一生ってなんだろう」って,今よりずっと真剣に考えていたと思います。「あんなに元気だったあの子が,あっけなく死んでしまった。この子だってあしたはわからないから,いまこの時を存分に生きさせてやろう。遊ばせてやろう」って。そうしないと,急に死んでしまった時,悔いが残ってしょうがない。だから「子どもは子どもらしく」ということが尊ばれたんです。(養老 p146)
 いろんな場面で,「どうやればいいんですか?」っていう質問を受けますよ。そのたびに「バカ!」って言ってやるんだけど。やりかたなんて,自分で見つけるものですよ。(養老 p150)
 たまにカゴから逃げ出すヤツがいて,研究室の中に1週間いると,野性に返って,ものすごく敏捷な「つかまらないネズミ」になってるんです。だから僕も,人間のこと心配してないの。人間もおそらく同じだろうと思うから。脊椎ができてから何億年も生きているんだからね。頭で考えてヘンにしてるだけですから。(養老 p151)

2017年7月13日木曜日

2017.07.13 森 博嗣 『STAR EGG 星の玉子さま』

書名 STAR EGG 星の玉子さま
著者 森 博嗣
発行所 文藝春秋
発行年月日 2004.11.05
価格(税別) 1,000円

● 王子さまではなくて玉子さま。絵本。その絵も著者が描いている。これについて,著者自身が「ようやくなんとか,人に薦められる本を,絵という(僕だけが認める)奥の手を使って作ることができた」と語っている(→『STAR EGG 星の玉子さま』発刊にあたって)。

● 著者としてはいくつかの仕掛けを施したわけだろうか。あとがきにも,絵をいろんな方向から見てほしいということが書かれているんだけど。

● ぼくはスッスと見ていってしまった。想像力のなさを証明しているかもしれない。

2017年7月12日水曜日

2017.07.12 岸見一郎・古賀史健 『嫌われる勇気』

書名 嫌われる勇気
著者 岸見一郎・古賀史健
発行所 ダイヤモンド社
発行年月日 2013.12.12
価格(税別) 1,500円

● 今でも本屋に行くと平積みになっていたりする。ベストセラーになったものだ(と思う)が,まだまだ売れているようだ。

● アドラー心理学のわかりやすい解説書という理解でいいんだろうか。アドラーの説くところの肝は,因果論ではなくて目的論であるところにあると割り切っていいだろうか。
 さらに,アドラーが言っていることをひと言でまとめてしまえば,「人は人,自分は自分」ということになるんだろうか。

● 以下にいくつか(というには多すぎるけど)転載。
 われわれは「どう見ているか」という主観がすべてであり,自分の主観から逃れることはできません。いま,あなたの目には世界が複雑怪奇な混沌として映っている。しかし,あなた自身が変われば,世界はシンプルな姿を取り戻します。問題は世界がどうであるかではなく,あなたがどうであるか,なのです。(p6)
 ご友人は「不安だから,外に出られない」のではありません。順番は逆で「外に出たくないから,不安という感情をつくり出している」と考えるのです。(p27)
 彼(アドラー)は言います。「大切なのはなにが与えられているかではなく,与えられたものをどう使うかである」と。あなたがYさんなり,他の誰かになりたがっているのは,ひとえに「何が与えられているか」にばかり注目しているからです。そうではなく,「与えられたものをどう使うか」に注目するのです。(p44)
 あなたが変われないでいるのは,自らに対して「変わらない」という決心を下しているからなのです。(p51)
 われわれは孤独を感じるのにも,他者を必要とします。すなわち人は,社会的な文脈においてのみ,「個人」になるのです。(p70)
 個人だけで完結する悩み,いわゆる内面の悩みなどというものは存在しません。どんな種類の悩みであれ,そこにはかならず他者の影が介在しています。(p72)
 自らの不幸を「特別」であるための武器として使っているかぎり,その人は永遠に不幸を必要とすることになります。(p90)
 覚えておいてください。対人関係の軸に「競争」があると,人は対人関係の悩みから逃れられず,不幸から逃れることはできません。競争の先には,勝者と敗者がいるからです。(中略)いつの間にか,他者全般のことを,ひいては世界のことを「敵」だと見なすようになるのです。(p95)
 怒りっぽい人は,気が短いのではなく,怒り以外の有用なコミュニケーションツールがあることを知らないのです。(p106)
 いくら自分が正しいと思えた場合であっても,それを理由に相手を非難しないようにしましょう。(中略)人は,対人関係のなかで「わたしは正しいのだ」と確信した瞬間,すでに権力争いに足を踏み入れているのです。(中略)そもそも主張の正しさは,勝ち負けとは関係ありません。あなたが正しいと思うのなら,他の人がどんな意見であれ,そこで完結するべき話です。(p107)
 人はその気になれば,相手の欠点や短所などいくらでも見つけ出すことができる,きわめて身勝手な生き物なのです。(p120)
 他者から承認される必要などありません。むしろ,承認を求めてはいけない。(中略)われわれは「他者の期待を満たすために生きているのではない」のです。(中略)他者もまた「あなたの期待を満たすために生きているのではない」のです。(p132)
 われわれは「これは誰の課題なのか?」という視点から,自分の課題と他者の課題とを分離していく必要があるのです。(中略)他者の課題には踏み込まない。(p140)
 他者の期待を満たすように生きることは,楽なものでしょう。自分の人生を,他人任せにしているのですから。(p157)
 不幸の源泉は対人関係にある。逆にいうとそれは,幸福の源泉もまた対人関係にある,という話でもあります。(p181)
 あなたは他者によく思われたいからかそ,他者の視線を気にしている。それは他者への関心ではなく,自己への執着に他なりません。(p183)
 「わたし」は,世界の中心に君臨しているのではない。「わたし」は人生の主人公でありながら,あくまでも共同体の一員であり,全体の一部なのです。(p185)
 もしもあなたが異を唱えることによって崩れてしまう程度の関係なら,そんな関係など最初から結ぶ必要などない。(中略)目の前の小さな共同体に固執することはありません。もっとほかの「わたしとあなた」,もっとほかの「みんな」,もっと大きな共同体は,かならず存在します。(p194)
 対人関係を縦でとらえ,相手を自分より低く見ているからこそ,介入してしまう。(p200)
 いちばん大切なのは,他者を「評価」しない,ということです。評価の言葉とは,縦の関係から出てくる言葉です。(p204)
 他者から「よい」と評価されるのではなく,自らの主観によって「わたしは他者に貢献できている」と思えること。そこではじめて,われわれは自らの価値を実感することができるのです。(p206)
 人間は自らのライフスタイルを臨機応変に使い分けられるほど器用な存在ではありません。(中略)もしもあなたが誰かひとりとでも縦の関係を築いているとしたら,あなたは自分でも気づかないうちに,あらゆる対人関係を「縦」でとらえているのです。(p214)
 他者のことを敵だと思っている人は,自己受容もできていないし,他者信頼も不十分なのです。(p237)
 他者貢献とは,「わたし」を捨てて誰かに尽くすことではなく,むしろ「わたし」の価値を実感するためにこそ,なされるものなのです。(p238)
 人生の調和を欠いた人は,嫌いな1人だけを見て「世界」を判断してしまいます。(p246)
 普通を拒絶するあなたは,おそらく「普通であること」を「無能であること」と同義でとらえているのでしょう。普通であることは,無能なのではありません。わざわざ自らの優越性を誇示する必要などないのです。(p261)
 線としてとらえるのではなく,人生は点の連続なのだと考えてください。(中略)人生とは連続する刹那なのです。(中略)われわれは「いま,ここ」にしか生きることがきない。われわれの生とは,刹那のなかにしか存在しないのです。(中略)計画的な人生など,それが必要か不必要かという以前に,不可能なのです。(p264)
 たとえばあなたがエジプトに旅をする。このときあなたは,なるべく効率的に,なるべく早くクフ王のピラミッドに到着し,そのまま最短距離で帰ってこようとしますか? そんなものは旅とは呼べません。家から一歩出た瞬間、それはすでに「旅」であり,目的地に向かう道中もすべての瞬間が「旅」であるはずです。もちろん,なんらかの事情でピラミッドにたどり着けなかったとしても,「旅」をしなかったことにはならない。(p268)
 われわれはもっと「いま,ここ」だけを真剣に生きるべきなのです。過去が見えるような気がしたり,未来が予測できるような気がしてしまうのは,あなたが「いま,ここ」を真剣に生きておらず,うすらぼんやりした光のなかに生きている証です。(中略)過去にどんなことがあったかなど,あなたの「いま,ここ」にはなんの関係もないし,未来がどうであるかなど「いま,ここ」で考える問題ではない。(p271)
 深刻になってはいけません。真剣であることと,深刻であることを取り違えないでください。(p274)
 人生はつねに完結しているのです。(中略)20歳で終わった生も,90歳で終えた生も,いずれも完結した生であり,幸福なる生なのです。(p275)
 それは「ひとりの力は大きい」,いや「わたしの力は計り知れないほどに大きい」ということです。つまり,「わたし」が変われば「世界」が変わってしまう。世界とは,他の誰かが変えてくれるものではなく,ただ「わたし」によってしか変わりえない,ということです。(p281)