2012年11月5日月曜日

2012.11.03 松浦弥太郎 『今日もていねいに。』


書名 今日もていねいに。
著者 松浦弥太郎
発行所 PHP
発行年月日 2008.12.24
価格(税別) 1,300円

● 『メッセージ&フォト 今日もていねいに。』は先月読んだけれども,写真が載っている分,文章はダイジェストになっているはず。そこで,あらためてこの本を読んでみることにした。

● 松浦さんのモットーをそのままタイトルにしたような本だから,全編に松浦生活哲学が満ちているわけだが,その中からあえていくつかを引用。
 世界のすべてにかかわる土台とは,清潔感だと思います。「どんなことができるか,何をもっているか」よりも,清潔感があるほうが,はるかに尊いと感じます。 僕にとって清潔感を保つとは「ここが崩れると自信を失う」という境界線。どれほど賢くても能力があっても,馴れ合いに塗り込められて清潔感が姿を隠したら台無しになってしまう。---そんな気がしてならないのです。(p43)
 明日で命が終わるとしても,後悔せず,おだやかに世を去る方法---それは,今日をていねいに生きること、これだけだと僕は思います。 ていねいに生きるには,その日が大切な一日であることを思い出させてくれる,きっかけが必要です。何かひとつだけでもいいから,暮らしに新しさを投げ込みましょう。(p51)
 それでも僕は,壊れたものを修理して使うほうが好きです。ものは壊れるという大前提があるから,そこがスタートだと思います。処分したり新品と交換するのではなく絶対に直そうと決め,手をかけて修繕することで,ようやく自分のものになっていく気がするのです。 人とのつきあいもこれと同じです。ぶつかり合って摩擦がおき,壊れたりひびが入ったときがスタートだと思っています。(p58)
 一瞬で終わる関係なら,あえて素通りする。これは人と関わる際の僕のルールです。(中略)なんと冷たい対応だろうと思うかもしれませんが,これが僕なりの誠実さです。仕事についてでも,恋愛や人間関係の問題についてでも,人に相談されたことに対してアドバイスをするときには,その人の面倒を一生みる覚悟がいると思います。(p72)
 僕ときたら,読んだあと,あらすじを忘れてしまうこともしばしばです。読み終わったあとの記憶や,書かれていた内容はどうでもよく,読書の楽しみは「読んでいる時間そのもの」にあると感じているから。 「知識を得るために本をひらくのは,読書ではなく勉強だ」というのが,僕なりの認識です。(p102)
 情報を保存する際は,インターネットであればマウスをかちかち動かして画面をコピーすればすみますが,それもちょっと怖いふるまいです。 だから僕の鞄には,いつだってメモと鉛筆。本物を見たとき,本物の言葉に出会ったとき,いつでもメモを取れる状態にしておきたいのです。大事なことだから忘れないというのは嘘で,直感やひらめきは書き留めなければこぼれ落ちていきます。(p104)
 腕を組むというのは,自分の精神の表れです。心をブロックしている状態だと思います。 目の前の相手に,あるいは自分のまわりの世界に対して心を閉ざす。そんな所作を毎日続けていて,「いいことなんて,あるわけない」とすら思います。(p108)
 さわったことで,あたかも命の吐息がふきかかったごとく,そのものがすこし元気になるのです。 逆に言えば,誰にもふれられず置き去りにされたものは,やがて生気を失います。 僕が本や服を少ししか持たないのも,自分が毎日さわってあげられるものには,限りがあると知っているためです。(p122)
 感じる,思う,考える,選ぶ,決める---人生の根っことなるこうしたことは,一人でしかできない。この事実を,いさぎよく認めねばならないと思うのです。 だから,僕は孤独であることを基本条件として受け入れています。孤独を誤魔化すために意味もなく人と会ったり,仲間と騒いだりはしません。(p124)
 願うというのは,とてつもないパワーを生み出します。強い願いとバランスの良い実行力さえあれば,かなわないことなんてないとすら思います。 その意味で,願うとは魔法だと信じているのです。 (中略)願いには潔癖さがなくてはならないと考えています。 たとえば,「お金がほしい,すばらしい絵画がほしい,異性にもてない」といった単純な欲望に対して願いの魔法を使うのは,ある種の冒?だという気がします。(中略) 魔法は大事なことのために,大切にとっておく。「この目的に,魔法を使わせてください」と心の中で請うくらいの謙虚さが,魔法を魔法として守り続ける秘訣です。(p152)
● 読書の楽しみは「読んでいる時間そのもの」にある,というのはまったくそのとおりだと思う。だから,こうして読んだあとにその本のことをウダウダ書くなんてのは,まったく余計なことなのだ。
 なのになぜこんなことを始めたのかといえば,読んだ本の内容をかすかにでも記憶に引っかけておきたいというスケベ根性からだ。無粋といえば無粋なことなのだ。

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