2013年2月23日土曜日

2013.02.22 須藤八千代・渋谷典子編 『女性たちの大学院』


書名 女性たちの大学院
編者 須藤八千代・渋谷典子
発行所 生活書院
発行年月日 2009.10.25
価格(税別) 2,200円

● 日本の企業ではでは昔から新卒採用が原則で,だいぶ変わってきたとはいっても,まだこの原則は崩れていないように見受けられる。こういうことが罷り通っている究極の理由は,企業の側が大学(教育)に期待するもの,求めるものがほとんどないからだろう。
 企業側の認識が間違っているとはまったく思わない。今は各方面で専門職化が進行しているようでもあるけれども,ほんの一部を除けば,日々の仕事を捌いていくのに特別な能力は必要ない。大学を出ている必要すらない。地頭がよければ中卒でも何ら支障はない。

● ゆえに,社会人大学(院)が盛況なのだとすれば,学びというレジャーにうつつを抜かす人が増えたということだ。要するに,それだけの暇を持つようになったということ。
 身も蓋もない言い方だが,つまりはそういうことだと思う。体裁もいいし,自分で自分に言い訳する必要なしに,打ち込めるレジャーだ。
 そのことと大学側の経営事情が合致しての隆盛なのだろう。

● まったく悪いことではない。言うまでもないことだ。テニスをしたり,旅行をしたり,食べ歩きをしたりってのが,悪いことではないのと同様だ。
 だから,正々堂々と社会人大学(院)生をやればいい。自らの欲望に忠実であればいい。

● しかし,こんなことを思ったりもする。社会人大学(院)生の中には,ひょっとして大学(院)依存症の人がいやしないか。あるいは,大学(院)に行けば自分は変われるのではないか,自分でも知らなかった自分に出逢えるのではないか,といった幻想を抱いている人がいやしないか。
 少し冷静になった方がいい。そんな僥倖は万に一つもないものだ。あたりまえのことなんだけど,そのあたりまえをどこかに捨てちゃった人,数のうちにはいるんじゃないかなぁ。

● もうひとつ。本書でもしばしば語られていることなんだけど,大学や大学院で学んだことを社会に還元していきたいというやつ。素晴らしい心映えに違いない。
 だけれども,大学や大学院で学んだことを社会に活かそうと安易に考えられては,社会が迷惑するぞと言いたい気持ちがぼくの中のどこかにある。
 工学系の技術開発とかなら,もちろん別だ。そうではなく,広義の社会変革に関わる部分で,自分が学んだことを活かそう,活かせる,などと考える輩は,ふたつの欠陥を抱えている。ひとつは,自己評価が高すぎること。もうひとつは,世間をなめすぎていることだ。
 かけ算もロクにできないくせに,微積分まで心得ている人を相手に,数学を教えてやろうと言ったところで,まともに相手にされないのは当然のことだ。大学や大学院であなた方が学んできたものは,しょせんその程度のことではないのか。

● 放送大学というのがある。本書の中でも放送大学(院)体験が詳しく語られているんだけども,ぼく一個は,社会人用の大学なんて放送大学だけで充分だと思っている。
 もちろん,実験や演習がメインになる分野を志している人は,放送大学というわけにはいかない。早い話が,医学部で勉強したいという人にとっては,放送大学は何の役にも立たない。
 けれども,大方の人にとっては,放送大学(院)で足りるんじゃないか。ここで入口部分の手ほどきをしてもらえば,あとは自分一人の独学に勝るものはないんじゃないか。
 さらに言ってしまえば,ちょっと気のきいた人なら,放送大学すら要らないだろう。逆に,大学(院)で学んだところで,気のきいた人になれるわけではない。
 ちなみに,現在の放送大学は学部と修士課程のみだけれど,博士(後期)課程を設置する方向にすでに動きだしているようだ。

● 以上,社会人大学(院)生を揶揄するような響きがあったと思うし,やや斜にかまえたトーンが混じってしまっていたと思う。
 本書では8人の女性たちが自らの社会人大学(院)生の体験を綴っている。その体験を媒介にさせて,来し方行く末を語っている。こちらにしっかりと食い込んでくるものもあれば(真野敏子さんの文章),そうでもないものもあるけれども,どなたも真摯に丁寧に自分の生を生きてきた人たちだ。
 ざっくりと言えば,普通の人生を普通に生きてきた人たちだ。別に特殊な人生を歩んできたわけではない。けれども,その普通を丁寧にやってきたのだなと思わせる。

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