2014年12月8日月曜日

2014.12.06 ちきりん 『「自分メディア」はこう作る!』

書名 「自分メディア」はこう作る!
著者 ちきりん
発行所 文藝春秋
発行年月日 2014.11.25
価格(税別) 1,000円

● ブログを書けば,できるだけ多くの人に読んでほしいと思う。その極致を体現しているのが「chikirinの日記」だろう。
 できれば,あやかりたいものだ。というわけで,ぼくも本書を読んでみた。

● 以下に転載するけれども,かなり手の内を明かしてくれている。が,このようにすれば誰でも1日に万を超えるPVが付くようなブログを書けるのか。
 当然,否でありましょうね。本書には“ちきりん”さんの代表的なエントリーがいくつか併載されているんだけれども,それを読めば,問題を見つけ,それを自分なりに掘りさげ,読みやすい文章に翻案するという,技巧や戦略の前にまず要求される基本的なところをクリアしていなければならないことが,すぐにもわかる。

● メッセージを伝えるという表現が何度か出てくる。伝えるべきメッセージがあるからブログを書いている。
 ブログの起点は,「これについて書く」とか「この本を紹介する」ではなく,「このことを伝えたい!」というメッセージの発生なのです。(p46)
 “自分メディア”という以上は,この伝えたいと思うメッセージがあることが前提になる。これがなくてはメディアにならない。

● ところが,ぼくのブログが典型的にそうなんだけれども,世にあるブログの大半は,伝えるに値するメッセージを伴っていない。
 個人のログをブログという形で残しているだけだと思える。それが悪いとはまったく思わない。なにせ,自分がそうしているんだから。
 ただし,個人のログに興味を持つ人はまずいないことも知っておくべきだろう。大物政治家や人気タレントでもない限り,その人がどんな本を読んでいようが,どんな音楽を聴いていようが,ましてどんな食べものを食べていようが,自分以外の人間にとっては,徹頭徹尾,どうでもいいことに属する。

● ところどころで自身を女性に見立てた文章が出てくるんだけど,“ちきりん”さんの文章は典型的に男性のもの。

● 「小さな頃は読書家でしたが,今は月に2冊も読めば良いほうで,とても読書家とは言えません。勉強するより働くほうが好きな私は,文章に関しても「インプットよりアウトプットの方がよほど好き」なのです」(p21)と書いている。
 その2冊で1ヶ月分のエントリーができる。アウトプットに見合っただけは読んでいるよということだ。

● ブログを始める前の前史がある。小学5年のときから紙に日記を書いていた。しかも,それは行動の記録ではなく,思考の記録だったという。
 梅棹忠夫さんの『知的生産の技術』には思考じゃなくて,外形的な行動を記録しておけってことが書いてあったと思うけど,“ちきりん”さんは最初からそこに行かなかった。
 私の場合,「日記を書くためにネタを探す」という発想はありません。今日,考えたことを文字にして書き留める。それは私にとって,ご飯を食べるとか,お風呂に入るといったこととほぼ同じくらい自然な,日常の行為なのです。(p22)
 昔から私にとって日記とは「今日はこんなことを考えた」という思考の記録であって,「今日は何を食べた。今日はどこに行った。今日は誰と会った」という行動の記録ではありませんでした。(p24)
● 実名を出すべきか。“ちきりん”さんの答えは明快だ。
 ネット上で発信する人について,「実名か匿名か」がよく話題になります。ですが,実名開示にはそれなりのリスクがあるのに,当時も今も私には,実名を開示するメリットが何もありません。(p35)
 学歴や職歴,年齢や立場など,書き手個人に関する情報は,「私が考えたこと(=メッセージ)を伝えるために役立たないばかりか,むしろ邪魔になります。なんらかのメッセージを聞いた時,「それは誰が言ったのか」を気にする人は,まったく同じ発言でも,大企業の社長が言った場合と,アルバイトで生計を立てる若者が言った場合では,その解釈を変える人だからです。(p36)
● 文章についての指南。
 イメージしているのは,「飲み会で,友達に伝えたいことを一生懸命に話している私の声を書き起こした文章」なので,口語文の文章化であり,教科書的な意味での正しい日本語で書くことには,こだわりさえ持っていません。(中略) もうひとつ気にしているのは,なめらかに発音(発声)できる文章を書くことです。書籍もブログも,最後には必ず音読し,スラスラ読めるよう「てにおは」や語彙を整えます。(p48)
● 基本的な姿勢。
 結局のところコンテンツ制作者にできることは,そんなもの(ソーシャルネットワーキングサービスとのマッチングなど)に振り回されることなく,自分の書きたいことを書き続ける,ということしかないのです。(p54)
 私が目指したいと考えたのも,やたらと読者が多いブログというよりは,雑誌やCSの専門チャンネルのような「想定読者のプロフィールが,絞り込まれているブログ」でした。(p66)
 初めての読者がどの日にブログを見に来ても,「こここそ自分が読むべきサイトだ!」と感じてもらうためには,「chikirinの日記」にはいつ見ても,社会的な事象について興味深い論考が載っている。そういう状態にしておく必要がありました。そこで,それ以外の内容を「ちきりんパーソナル」に移すことにしたのです。(p74)
 「あそこに載せてもらえたら光栄!」と多くの方が感じてくださる場所を育てることこそが,私の目指すところなのです。 私が,「書籍を出すのもブログへの集客の手段」と考えている理由も,ここから来ています。著作がある,単著があるということは,リアルなビジネスの世界で信用を得るためには大変役に立ちます。 けれども本は「コンテンツの塊」であって,「発信できる場所」ではありません。ほとんどの本は出版後1年もたてば,書店では探すのも難しくなります。そんな著作を何冊も持っていることより,毎日何万人もが訪れてくれるサイトを持っているほうが,圧倒的に発信力は高いのです。(p85)
● 注意しなければいけないこと。
 ネット上での活動期間が長くなると,「ネットで話題になっていることが,世の中でも話題になっているはず」と思いがちですが,まだまだそんなことはありません。今後,新たに私のブログの読者になってくれる人,つまり,今でも新聞や雑誌,テレビなど既存のメディアのほうが,より身近であるという人たちに疎外感を与えないためには,私自身が「ネットの中の人」に染まってしまわないことが,とても重要なのです。(p95)
 盛り上がっているから,今日はこのテーマについて書くという行為は,流行っているからミニスカートをはくのと同じで,まったく主体性が感じられません。流行りモノの後追いをして短期的なアクセスを増やすより,自分が最初におもしろいトピックを発信し,他の人が自分を追いかけてくれるほうが,サイトの価値も上がります。(p97)
 反応を返してくれる人たちは熱心でコアな読者であり,強い主張を持っているので,それだけに反応していると,どんどんと狭く深く,枝葉末節に入り込むことになります。そしてそれらにひとつひとつ対応していたら,大半の読者であるサイレントマジョリティにとっては,不思議な(興味を持てない)方向に進んで行ってしまうのです。(p113)
 こうした時代に重要になるのが「オンラインでもオフラインでも,同じように言動をする」という一貫性です。(中略)私の場合は,初期の頃のいくつかの失敗から学び,本人が目の前にいたら言わないだろうことは書かない,呟かないと決め,「その人がもし目の前にいたら,きっとこういう言い方をするだろう」と思える方法で表現することにしてきました。(p124)

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