2015年6月10日水曜日

2015.06.08 下川裕治 『僕はこんな旅しかできない』

書名 僕はこんな旅しかできない
著者 下川裕治
発行所 キョーハンブックス
発行年月日 2015.05.25
価格(税別) 1,200円

● 「あとがき」に次のように書いている。
 『こんな旅しかできない』僕である。自負するでもなく,卑下することもなく,受け入れようと思っている。(p255)
 もちろん,矜恃もあるのだと思うが,その矜恃さえ超えた枯淡の境地に至っているのかもしれない。いや,枯淡の境地にいるのであれば,このタイトルの本を出すことはないか。

● ぼくは,正直なところ,下川さんの作品が受け入れられる土壌は消えかかっているのではないかと思っていた。こういったストイックとも見える,費用を切り詰めた旅の仕方は,大方には受けないだろう,と。
 書店の旅行コーナーで目を惹くのは,景気回復を反映してか,ファーストクラスだとか豪華ホテルだとか,そういうのが多い。バックパックを背負って,安宿に泊まり,長い期間を旅の空で過ごす若者も少なくなったろう。

● そもそも成長著しいアジアの各国に安宿がいつまであるのかと思う。
 でも,ま,これはずっとあるのかもね。東京にだって2,000円で泊まれる宿がある(嘘だと思ったら山谷に行くといい)。カプセルホテルという新手の安宿も登場している。

● ところが。下川さん,エリートビジネスマンなんか及びもつかないスケジュールで,外国を行き来しているのだった。
 要するに,彼の文章に対する需要は衰えていないようなのだ。

● おそらくは,日本の妙に細やかな,行方不明になることすら許さない,息苦しささえ覚えるほどの,ダラシがありすぎる空気に嫌気がさして,タイのほどよく抜けたいい加減さに自然を感じて,タイにハマッていったのだと思う。
 にもかかわらず,この調子で日本と外国を行き来して,それを文章にする生業を続けているのだとすると,なかなか楽な話じゃないね。楽どころか相当シンドクないかねぇ。旅が義務になっているような。

● 以下に,いくつか転載。
 バンコクを見てみたい・・・・・・そんな知人を連れて何回となく,イミグレーションの列に並んだ。彼らのうち何人かはバンコクで暮らしている。しかしそのなかには,つらい病に罹り自ら命を絶っていった知人もふたりいる。(p16)
 誰がそういいはじめたのかわからない。チェンマイではなんでもできる・・・・・・。それが不安の種になる。人が暮らす街で,なんでもできる街などないのだ。ボタンのかけ違いではじまったチェンマイ暮らしは,結局,自分の矮小さをつきつけられる結末に向かっていってしまう。その隘路に入り込んでしまった老人の背中は寂しい。(p29)
 憧れの文体というものがある。僕にとってのそれは,金子光晴であり,開高健である。その内容もさるものながら,彼らの文体がもつ息遣いとか間には太刀打ちできない。 文章というものは,ときに立ちあがることができないほど重い内容を綴らなくてはならないことがある。書くほうは酸欠状態のようになりながら筆を進める。読むほうも息が詰まる。そんなとき,ふっと息を抜いてくれる間のようなものを,ふたりの作家は身につけていた。天性の重みと軽さである。(p42)
 僕には,宿についてのイメージがない。昔から貧しい旅ばかりしてきたから,受け入れる宿の許容範囲が海のように広くなってしまった。こういうタイプは,宿を事前に決めることは面倒なことだ。その宿に行かなくてはならないからだ。(p48)
 宿を決めない僕のような旅行者は少数派であることはわかる。いまの予約システムを否定もしない。 しかし,Tシャツに汗をにじませながら,部屋を探してくれた香港人の背中から,「旅とはいろんな人に助けられてやっと実現するもの」ということを学んだ。そのなかで生まれてきた人間関係が,僕とアジアを結んでいる。それもまた事実である。(p49)
 僕のような男から見ると,インターネットの予約サイトは,大いなる無駄に映る。店と交渉してメニューを紹介し,地図を貼り込み,評価をまとめていく。そういう情報に価値を見いださない人間にしたら,そのサイトに費やされる膨大なエネルギーに首を傾げてしまう。(p73)
 さまざまな国を歩く。ナショナリズムが前面に出る国ほど気を遣う。足どりがぎこちなくなってしまう。だが,台湾にはそれがない。(p99)
 海外を舞台に日本人が登場する作品は,寡黙なほどリアリティが出てくる。それを補うのが,役者の演技力であり,原稿でいったら文章力である。(p100)
 ものを書くということは,「人間嫌いの人恋し」といった性格でなければ続かない。評価されるのは原稿だけであって,人間関係は二の次のようなところがある。人間的に破綻していても,面白い原稿さえ書ければ認められる世界なのだ。(p136)
 世の中には情報が溢れている。インターネットで,人は膨大な情報を得ることができるようになった。しかし,そこに流れている情報というものは,本物を前にすると,あまりに薄っぺらなものに映る。(中略)誤解を恐れずにいえば,本物からどんどん遠くなってきたものを情報と呼ぶのかもしれない。(p139)
 電車に乗り,前に座るカップルが羨ましく映る。東京はとんでもなく暑い。しかしそのなかで,笑顔を絶やさずに生きている。海外旅行に出るわけでもないが,日本での生活を大切にしている。 疎外感に包まれる。僕は日本人のことがわかっているのだろうか。こんな人間が,本を書いていいのだろうか・・・・・・。 僕は旅を書く。しかし旅とは,日本での日常がなければ輝きを失う。僕の旅は,もう色褪せているのではないか。(p146)
 旅行で訪ねた国を好きになるか,ならないか。それは人それぞれだ。バンコクのツーリストエリアには小悪党がうじゃうじゃいる。観光客は当然,騙されるのだが,そこでタイが嫌いになるかどうか。それは微妙な問題に思える。(p165)

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