著者 カベルナリア吉田
発行所 彩流社
発行年月日 2010.12.08
価格(税別) 1,800円
● こういう形もあったか。やって見せられるとなるほどと思う。
著者の作品を読むのはこれが4冊目。で,今回が一番面白かったような。
● この「旅」を始めた動機について,次のように語ってる。
僕は今まで,沖縄や島めぐりの旅を重ねて紀行文を書いてきた。その文中で何度か無意識に「東京にはない旅情を感じた」「東京ではありえない素朴な風景」といった表現をしていた。 「そう言えるほど,東京のことをしっているの?」 ある人にそう言われ,ハッとした。(p1)で,終えたあとの感想は次のとおり。
「旅になりえるのか?」と思いつつ始まった駅前散策は,予想以上の底力を発揮して,「東京でも旅はできる」ことを僕にまざまざと教えてくれたのである。 とはいうものの,普段の沖縄旅や島めぐりに比べると,東京旅は出会いの敷居が若干高かったのも事実だ。(中略)今回は各駅前旅とも1日の出来事としてまとめているが,実は旅が流れ出さず,2日,3日と散策を重ねた場所もあった。(p364)● いくつか転載。
車は都会の空気を乗せて,猛スピードで通過するだけだから,街道沿いに「その土地ならでは」の風情は生まれにくい。(p53)
「便利になること」「近代化」は,いつも同時につまらんものである。(p64)そのとおりなんだけど,それだけなら人は近代化を拒否するはずだ。「便利になること」の威力は何にも勝る。
行き過ぎだと修正がかかる動きがでるが,それが主導権を握ったことは,歴史上皆無なのではないか。問題は,むしろ「便利になること」が理解できずに,現状維持を選んでしまうことが多いことだ。これなら,日本に限ってみても,歴史上にけっこうな数,散見されるのではあるまいか。
ベトナム帰りの若い兵士が殺伐とした雰囲気を振りまき,そのスリルを味わいに若者が集まったことも,皮肉なことにこの街を活性化させた。基地自体が緊迫感を失った今,そんな猥雑な雰囲気が薄のも当然なのだろう。(p73)
最近は僕も安さにつられ,近所の量販店で服を買うことが多い。土日ともなれば大混雑で,レジには長蛇の列。店主と話す時間など当然ない。だからこんな風に,服を買ったついでに話し込むこと自体が新鮮だ。しかも都内で。(p76)
続ける秘訣はアレだね。人の話を聞きすぎちゃいけない。自分が『これがいい』と思ったら自信を持って進めることだね(p142)
ここが行楽地であったことを,お母さんはすでに忘れていた。でも客が来れば自然と柔らかくもてなすのは,多くの「旅人」を迎えた街で育ったからだろうか。(p179)
JR上野駅。宇都宮線経由・高崎線の籠原行き普通列車は,小旅行の雰囲気にあふれていた。グリーン車も連結する15両の大編成,車内は4人掛けのボックスシート。そして,栃木,群馬まで行く長距離路線が,日常の風景に旅情を呼ぶのだろうか。(p251)そうか。栃木,群馬まで行くのは長距離路線なのか。この列車にはぼくも数えきれないほど乗っているわけだけど,上野から乗るのは夕方から夜になるので,昼間のこの列車はあまり知らない。
言われてみれば,小旅行の雰囲気にあふれているのかもなぁ。
ここ(小菅)はひょっとして日本で一番,有名人を見られる場所かもしれない。芸能人と政治家は,塀の向こうに近い職業だとつくづく感じてしまう。(p294)
余計なことは語らず,それでいて穏やかに話す街の人たち。思いがけない事情で自分の意思とは裏腹に,この街に来る人もいるだろう。そんな人たちにきっと,この街は優しい。(p302)